獣害被害の原因のひとつである耕作放棄地の増加について、生態系や野生動物の行動にどのような影響を及ぼしているのか、どのような対策が出来るのかを詳しく解説します。
耕作放棄地とは
耕作放棄地とは「以前耕地であったもので、過去1年以上作物を栽培せず、しかもこの数年の間に再び耕作する考えのない土地」と定義される、土地の利用状況を示す言葉です(農業センサスより)。
農業従事者の高齢化や後継者問題、都市部への人口流出などにより、耕作放棄地は年々増加しており、平成27年時点では日本国内に約42.3万ヘクタールもの耕作放棄地が存在しています(農林水産省「荒廃農地の現状と対策について」平成28年4月より)。
また、耕作放棄地とほぼ同じものを表す「荒廃農地」という言葉もありますが、正確には定義若干違うため、本記事では「耕作放棄地」という言葉を用いて解説します。
田畑の役割と農業の変化
田畑は、農作物の生産という役割はもちろんのこと、それ以外にも“野生動物を住宅地に侵入しづらくする”という緩衝地帯の役割も担っていました。
現代の農業は機械化が進み、作業の負担が減りました。しかしその影響で田畑に人の気配が少なくなり、野生動物が近寄りやすくなってしまったのです。
昔の農地(田畑)の役割
- 農作物の生産:食料を生産する場として重要な役割を果たしていた。
- 野生動物との棲み分け:農地は「緩衝地帯」としての役割を持ち、野生動物が住宅地へ侵入するのを防ぐ壁のような存在だった。
- 人の気配による抑制:農作業をする人が多かったため、野生動物は人間を感じ取り、田畑へ近づかず森の中へ戻っていった。
現代の農業の変化
- 農業機械の導入:農作業は機械で行うことが主流になり、人の労力が減少した。
- 人の気配の減少:田畑に人がいる時間が減り、野生動物が田畑へ近づきやすくなった。
- 野生動物による被害の増加:農作物の食害が増えたり、住宅地への侵入が増えたりする要因となった。

耕作放棄地と獣害の関わり
田畑が、野生動物の生息する“自然”と“人間が居住するエリア“を隔てる“緩衝地帯”の役割を担っていたことは先述しましたが、その“緩衝地帯”となっている田畑が何らかの理由で農業に利用されなくなり、耕作放棄地になるとどのような変化が起こるのでしょうか。
耕作放棄地がもたらす環境の変化
田畑が農業に利用されなくなるという事は、土地自体の管理が疎かになるという事です。
管理されない土地の影響
田畑が耕作されなくなると、好き放題に雑草が生えて害虫が増加します。その結果、野生動物の活動範囲が広がり、その土地だけでなく 周辺の農地にも影響を与えることとなります。
人間の居住エリアへの侵入
緩衝地帯がなくなることで、野生動物が人間が居住するエリアに 以前より容易に足を運べるようになり、道路に飛び出して車と衝突事故を起こしたり、住宅地に侵入して噛む・引っ掻く・ゴミ箱をあさるなどの被害を起こしたり民家の屋根裏に棲みついたりする被害も増えてしまいます。
耕作放棄地の増加状況
実際に耕作放棄地は年々増え続けており、農林水産省の「荒廃農地の発生・解消状況に関する調査」によると、以下のように増加しています。
年 | 耕作放棄地の面積 |
---|---|
昭和60年 | 13.5 万ヘクタール |
平成2年 | 21.7 万ヘクタール |
平成7年 | 24.4 万ヘクタール |
平成12年 | 34.3 万ヘクタール |
平成17年 | 38.6 万ヘクタール |
平成22年 | 39.6 万ヘクタール |
平成27年 | 42.3 万ヘクタール |
耕作放棄地における鳥獣害対策
鳥獣被害の原因のひとつでもある「耕作放棄地増加への対策」は大きく分けて2つあります。
1. 耕作放棄地を減らす
耕作放棄地の増加を防ぐためには、農業従事者や後継者を増やし、耕作放棄地を農地として再生させることが重要です。
農業従事者の高齢化問題は、耕作放棄地の増加だけでなく国民の食を支える産業の衰退として近年話題にあがり続け、「若者に農業への興味を持ってもらおう」と国を上げて様々な取り組みが行われています。
その結果、若者の農業参入に補助金が出たり、農業を専門に扱う求人サイトが開設されたり、と少しずつ農業に対するイメージは変わりつつあります。

しかし、若者の農業参入も、農業従事者の高齢化スピードに追い付くことは出来ず、状況に歯止めが掛からないままです。
そのうえ、日本には農地法という法律があり、農地として登録されている土地を農業以外の目的で使用することが禁止されています。
そのため、土地を使わなくなったという理由だけで簡単に売買したり別の用途で使用したりできないことも、耕作放棄地増加の原因となっています。
2. 耕作放棄地を獣害被害防止に活用
耕作放棄地を 農地として利用するのではなく、野生動物と人間との棲み分けを行う“緩衝帯”の役目を与えるというものです。
一般的な耕作放棄地の中には、管理が行き届かないために雑草が伸び放題になり、野生動物たちの逃げ場・隠れ場・棲み処になってしまう場合も少なくありません。
その上、そこから更に近隣の田畑への獣害や民家への侵入に繋がってしまう可能性もあるため、以下の対策が取られています。
- 雑草除去・忌避剤の散布:野生動物の住処を減らし、農地への侵入を防ぐ
- フェンス・電気柵の設置:物理的に害獣の移動経路を遮断する
- 家畜放牧:ウシやヤギ、ヒツジなどを放牧し、雑草を食べさせることで農地を維持する
近年では“耕作放棄地放牧”と呼ばれる方法で、耕作放棄地にウシやヤギ、ヒツジを放牧して草を食べさせたり、再生可能な耕作放棄地に家畜の飼料用の草を栽培して家畜を放牧したりという取り組みが全国的に普及しつつあります。
これらの取り組みは電気牧柵の設置や定期的な放牧地の移動、家畜の栄養管理なども必要ですが、家畜を放牧することで土地の農地機能が維持されるだけでなく、畜産業においても放牧による飼育は家畜へのストレスが少なくなり飼育管理のコストも抑えられるため、国の耕作放棄地対策としても推奨されています。
